療養生活攻略マニュアル 余命5年宣告からの生還編

適応障害~糖尿病を発症。余命5年の宣告を突きつけられた男の闘病記録です

仮面ライダーに追い詰められた 帰ってきたウルトラマンとウルトラマンA


仮面ライダーに追い詰められた 帰ってきたウルトラマンとウルトラマンA



 

帰ってきたウルトラマン帰りマン)もAもウルトラマンやセブンに比べると、迷走してる様に見えるのボクだけですか?

 

その見解は、おおむね当たっていますよ。今回は、なぜ帰りマンとAが迷走してしまったのか考察してみましょう

 

この記事で解決すること
  1. 帰ってきたウルトラマン帰りマン)が殿様商売だった理由
  2. なぜ帰りマン仮面ライダーの存在に気がつかなかったのか?
  3. 仮面ライダー帰りマンに及ぼした影響
  4. 仮面ライダーに寄せすぎたウルトラマンA
  5. ウルトラマンA仮面ライダーに寄せすぎた結果
 

 

脂肪肝 糖尿病 適応障害 メンタルヘルス

 

 

 

帰ってきたウルトラマン帰りマン)が殿様商売だった理由


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帰りマンが殿様商売だった理由は、帰りマンの企画が立ち上がるまでを見るとわかりやすいです。

 

つまり、ウルトラセブンのリアタイ放映が終わってからを時系列でみる。

 

すると、如何に帰りマンが殿様商売で始まったかわかります。

 

帰りマンが当たると確信できたわけ
  1. ウルトラセブンが終わっても再放送で人気は衰えず
  2. 本放送が終わっても玩具売り上げは変わらず
  3. ウルトラファイトの人気で確信
 

 

特に、カラーテレビの普及率が帰りマンの企画を後押ししたのです。

 

カラーテレビとウルトラマンって何か関係あるんですか?

 

大ありです。本放送時は、モノクロで視聴していた家庭が圧倒的に多かったんですから。

 

1970年代に入ると、家庭用カラーテレビの価格低下や大量生産が進みます。

 

そして、1973年頃にはカラー受像機が全国で白黒テレビを上回るほど普及したのです。

 

つまり、再放送のウルトラマンでもカラーテレビ効果で新作のように映る環境が整ったのです。

 

まとめると、殿様商売に見えて手ごたえを感じる確証は幾つもあったんですね。

 

まぁ、ここまでは順当に殿様商売を目論むことが出来ました。

 

しかし、まさかの伏兵が帰りマンを待っていたのです。

 

なぜ仮面ライダーの存在に気がつかなかったのか?


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コレは、気がつかなくて当然です。帰りマンの放映と同時期に仮面ライダーの放映も始まったんですから。

 

しかも、一文字隼人に交代するまでは関東地区の視聴率は約8%。

 

ちなみに、帰りマンの視聴率が上がり始めるのもウルトラブレスレットが出てきてから。

 

帰りマン仮面ライダーも視聴率が20%を超えるのは、9月以降なんです。

 

つまり、帰りマンは意識はしていたけど脅威には感じていなかったってことでしょうか?

 

話題性は、仮面ライダーが一歩リードしていたんです。特に、ライダースナック仮面ライダーの存在を決定づけました。


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つまり、円谷プロ仮面ライダーの存在に気がついた頃には仮面ライダーはブームになっていたのです。


 

仮面ライダー帰りマンに及ぼした影響


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仮面ライダーはそれまでの特撮とは一線を画すものが幾つかありました。

仮面ライダーが持ち込んだもの
  1. はっきりとした悪の組織
  2. 変身シーンが劇中に何回も登場
  3. 等身大によるアクションを多用
 

キャプテンアメリカに登場する悪の組織の影響を受けた、ショッカーの存在は後の特撮に多大な影響を与えました。


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それまでも、月光仮面の時代から敵対する組織はありました。

 

しかし、サタンの爪やドクロ仮面はあくまでも犯罪集団。

 

つまり、科学技術を駆使して世界征服を狙う組織の存在が戦う意義を明確にしたんですね。

 

そして、仮面ライダーは等身大アクションの利点を活かしてアクションシーンを多くすることに成功した初めての作品でした。

 

そして、一文字隼人に代わって出てきたのが「このアクション」です。


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このシーンは有名ですね。実はNGカットだったことも。

 

NGカットでも、キッズが真似しやすかったのは事実。社会現象にまでなりましたからね。

 

更に、仮面ライダー2号について知りたいあなたはコチラをどうぞ


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変身ブーム以降も、仮面ライダー帰りマンは熾烈な視聴率合戦を繰り広げていました。

 

しかし、ブームの覇権は怪獣から変身に移ったことは否めませんでした。

 

国会でも話題になったのが、コレでした(当時の過熱ぶりを解説しています)


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幾ら、帰りマンでもブームに勝てるはずもなく…。マネできたのは肉弾戦だけでした。

 

仮面ライダーに寄せすぎたウルトラマンA


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1972年に始まったウルトラマンAも、当初は仮面ライダーの影響が色濃く出ていました。

 

ウルトラマンAが影響を受けたライン
  1. 変身ポーズを取り入れた光線技
  2. ヤプールという対抗組織
  3. 他番組との差別化を図った合体変身
 

特に、メタリウム光線のふりかぶるポーズはライダーの変身の影響と製作陣も語っていますよね?

 

影響を受けたのは変身ポーズばかりではありませんよ。ウルトラマンAヤプールという悪の組織を作ってきたのです。

 

ヤプールという敵役は、明らかに仮面ライダーのショッカーに影響を受けていました。

 

ヤプールとショッカーの共通点
  1. 組織的な悪であること
  2. 怪人に相当する秘密兵器=超獣
  3. 1話形式で悪役が入れ替わる
 

そして、他のヒーローとの差別化として生まれたのが合体変身でした。


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最初の数話は本当に「打倒ライダー」が見え隠れするほど。

 

しかし、ライダーに寄せすぎたことは徐々に作品に歪を産むことになってしまったのです。

 

ウルトラマンA仮面ライダーに寄せすぎた結果どうなった?


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ウルトラマンA仮面ライダーの共通項ってなんですか?

 

ウルトラマンAが寄せすぎは否めませんが…。ストーリー的には両者ドロドロしていましたよね?

 

確かに、ホラー度ならウルトラマンAの方が強いですよね。


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怖さなら仮面ライダーも負けてないのですが、仮面ライダーはアクションシーンが多め。

 

つまり、仮面ライダーの出番を増やすことでドロドロ感が薄れていたんです。

 

確かに、仮面ライダーの怪人までは覚えていても話の内容までは覚えてないことが多いんですよね。

 

しかし、ウルトラマンAの変身シーンは最後の数分のみ。

 

結果、ドロドロ感が記憶に強く残ってしまったのです。

 

オマケに、脚本家によって解釈を難しくしたのがヤプールという存在でした。

 

ヤプールに関するエピソードはこの動画に載っています


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確かに、脚本家がヤプールを抹殺したって説はアリなんですけど…。他にも理由ありますよね?

 

脚本家抹殺説が広く浸透しているのですが、スポンサーからの要望もあるはずですよ。

 

なぜなら、ウルトラマンA帰りマンの時より玩具が売れていなかったのです。

 

当時のウルトラ玩具と言えば、フィギュアですよね?しかし、エース以外は見たことないかも。

 

見たことなくて当然です。超獣でフィギュア化されたのは、ベロクロンとバキシムくらいだったんです。

 

ちなみに、バキシムは後年のウルトラ作品にも出てくる人気超獣です。


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帰りマンでは、4クール目の登場したササヒラーやキングポックルまでフィギュア化されていたんです。


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それを言われると、明らかにエースの立場が弱くなりますね。確かに、超獣は造形大変そうだし。

 

ちなみに、ウルトラマンAの玩具を発売していた主だった会社はブルマァクの他にポピーがありました。

 

しかし、ポピーはブルマァク以上に悲惨だったのです。

 

ポピーはブルマァク以上に悲惨だった
  1. ウルトラリングは商品化しても地味
  2. タックアローなどの戦闘機が子供の嗜好とズレていた
  3. タックガンが地味すぎた
 

その一方で、ポピーは変身ベルトで爆発的な売り上げを上げていました


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つまり、ウルトラマンAにはコアとなる玩具がなかった。だから、ヤプールや合体変身を辞めたんですか?

 

確かにスポンサーの意向もあるでしょう。それ以上に、危機感を持ったのは制作サイドだったんです。

 

ウルトラマンAにはこんな問題があった
  1. 北斗と南の役割を同じにすると話が重くなる
  2. 合体変身はごっこ遊びで一人があぶれてしまう
  3. ヤプールがいるかぎりコミカルな話は書けない
 

 

つまり、Youtubeで言われているように脚本家サイドの意見も大きかったんですね?

 

そういうことです。あのまま合体変身を継続していたらスチール星人の様な話は出来なかったはずですよ。


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南夕子の降板以降、ウルトラマンAの評価には賛否両論があります。

 

しかし、脚本家目線で見たら制作の自由度が増えたのは事実でしょう。

 


 

まとめ:帰りマンとエースの試行錯誤は、タロウで“統一化”された


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帰ってきたウルトラマン』は、どうしても初代が偉大すぎました。

 

そして、世界観を現代に移した結果「重い人間ドラマ」の比率が多かったのも事実です。

 

続く『ウルトラマンA』は、仮面ライダーの影響を色濃く受けて始まりました。


ところが新機軸を打ち出した結果、脚本家の負担が大きくなってしまいました。

 

そして、話の作りやすさを優先した結果として迷走する羽目になりました。

 

しかし、この2作品の反省は『ウルトラマンタロウ』にしっかり活かされました。

 

タロウは明るく勢いのある物語へ方向転換することに成功。

 

さらにタロウでは、仮面ライダーには真似できない「ウルトラ兄弟」路線を強めました。

 

制作サイド的には、思い切った選択でしたが商業的には大成功を収めました。

 

帰りマンやAを苦しめた仮面ライダーも、1973年からは仮面ライダーV3にバトンタッチ。


仮面ライダーV3は、歴代ライダー1位の視聴率を記録するヒット作になりました。

 

ところが、ヒットの裏でブームの覇権は変身からマジンガーZと移っていきました。


特撮とアニメの勢力図が入れ替わった1973年。


ウルトラシリーズはタロウによってひとつの完成形を迎えたのでした。

 

 

 

 

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